ここ最近のコーディングでは iOS5 SDK と同時に登場した ARC (Auto Reference Counting) を利用しています。
ARC の導入と注意点については、iOS 開発ブログ Natsu's note さんの一連の記事がとても参考になります。
C++ with boost に慣れた人なら、ARC はスマートポインタ (SmartPtr, AutoPtr) に近い動作をするという認識でよいと思います。
代入 (アサイン) 動作で参照カウンタが加算 (インクリメント) され、スコープを抜ける段階で release が呼ばるようなイメージで動作します。参照カウンタが 0 になった時点でオブジェクトが破棄されるのはこれまでの retain / release を使った従来の手法 MRC (Manual Retain-Release) と同様です。
明示的に retain / release を呼び出す必要がなくなり、巡回参照さえ気をつければ、メモリリークも軽減できる ARC はとても便利です。
そんな便利な ARC ですが、unsafe_unretained / weak 関連で不思議な動作をするのに気づいたので、忘れないようにメモしておきます。
Delegate 時の参照
[iOS5] ARC (Automatic Reference Counting) : Overview で触れられている通り、Cocoa プログラミングで多用される Delegate パターンでは「弱い参照 (weak reference)」を使って巡回参照によるメモリリークを防ぎます。
ただし、weak
修飾子は iOS5 以降でしか利用できません。iOS4 でも動作するアプリケーションにするためには、weak
修飾子を利用するところで unsafe_unretained
修飾子を使う必要があります。
unsafe_unretained
修飾子を使った場合、MRR で assign を利用したときと同様にアサインしたオブジェクトを適切なタイミングで nil
化してあげる必要があります。
しかしながら、unsafe_unretained
修飾子を利用する場合、ある条件下でオブジェクトが不用意に解放されてしまう場合があります。この場合、適切と思われる箇所で nil
化していても EXC_BAD_ACCESS
の要因になりうるので注意が必要です。
多段 Delegate
さて、その「ある条件」について考察していきます。
以下は私が見つけたパターンですが、他にも同様なケースがあるかもしれません。
ある Object A が Object B を作成し、その Delegate として動作します。
Object B は内部で Object C を作成していて、その Delegate として動作していて、Object C からの通知を起点に Object B から Object A にメッセージが送信されます。
Object A は Object B の Delegate メッセージを受け取り次第、Object B を利用しないので、Object B を破棄します。
文章にすると若干ややこしい感じがしますが、例えば、
ネットワーク越しのデータを処理するあるクラス (Object B) は内部で NSURLConnection
(Object C) を利用していて、データ受信終了を起点に Object B でデータ処理を行い、Object A に通知する
というケースなどが該当します。
コードで表現すると、
@class SampleClassA;
@class SampleClassB;
@class SampleClassC;
@protocol SampleDelegateB <NSObject>
- (void)callFromClassB:(SampleClassB *)object;
@end
@protocol SampleDelegateC <NSObject>
- (void)callFromClassC:(SampleClassC *)object;
@end
#pragma mark -
@interface SampleClassA : NSObject <SampleDelegateB>
@end
@interface SampleClassB : NSObject <SampleDelegateC>
@property (nonatomic, unsafe_unretained) id<SampleDelegateB> delegate;
@end
@interface SampleClassC : NSObject
@property (nonatomic, unsafe_unretained) id<SampleDelegateC> delegate;
@end
というような形で、SampleClassB
では SampleDelegateC
のデリゲートメソッド callFromClassC:
内で SampleDelegateB
デリゲートメッセージを通知します。
- (void)callFromClassC:(SampleClassC *)object
{
NSLog(@" -> started [%p] with '%@'",self,self.message);
[self.delegate callFromClassB:self];
NSLog(@" -> endded [%p] with '%@'",self,self.message);
}
つまるところ、オブジェクト C からのメッセージをフォワードするような感じのイメージ。
多段 Delegate のワナ
この形だけでは特になんてことはないのですが、
Object A は Object B の Delegate メッセージを受け取り次第、Object B を利用しないので、Object B を破棄します。
という条件が加わると、オブジェクトが破棄されるタイミングが実装によって変わってきます。
オブジェクトが破棄されるタイミングが weak 参照をつかっているか、unsafe_unretained 参照を使っているか……さらにはプロパティを使っているかなどの条件で変わってきます。
サンプルコードを github に上げたので、それを元に挙動を確認することができます。
以下の実行結果は、Xcode 4.3 / iOS5 SDK を利用して行なったものです。
weak 参照を利用
SBSampleDelegate.h において
- kUsingWeak 1
- kAsseccingViaProperty 0
- kUsingRetainAutoreleaseHack 0
のように設定した場合。
[A]===> initialized [0x6a67830]
[C] -> initialized [0xXXXXXXX]
[B] -> initialized [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> started [0xXXXXXXX]
[B] -> started [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[A]===> called [0xXXXXXXX]
[A]===> removed [0xXXXXXXX]
[B] -> endded [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> ended [0xXXXXXXX]
[B] -> destroyed [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> destroyed [0xXXXXXXX]
C → B と作成され、逆に B → C と破棄されています。期待通りの動作と言えそうです。
unsafe_unretained 参照を使っていて、プロパティ (メソッド) を通してデリゲートにアクセス
SBSampleDelegate.h において
- kUsingWeak 0
- kAsseccingViaProperty 1
- kUsingRetainAutoreleaseHack 0
のように設定した場合。
[A]===> initialized [0xXXXXXXX]
[C] -> initialized [0xXXXXXXX]
[B] -> initialized [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> started [0xXXXXXXX]
[B] -> started [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[A]===> called [0xXXXXXXX]
[A]===> removed [0xXXXXXXX]
[B] -> endded [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[B] -> destroyed [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> ended [0xXXXXXXX]
[C] -> destroyed [0xXXXXXXX]
C → B と作成され、逆に B → C と破棄されていますが、分かるでしょうか、[B] -> destroyed
と [C] -> ended
の呼び出される順番が逆になっています。
SampleClassC
からデリゲート B を呼び出しているメソッド callDelegate
のスコープにまだいる最中に SampleClassC
のデリゲートである SampleClassB
のインスタンスが破棄されています。
これですぐに問題になるケースはぱっと思いつきませんが、ちょっとだけ不安な感じ。
unsafe_unretained 参照を使っていて、メンバ変数でデリゲートにアクセス
SBSampleDelegate.h において
- kUsingWeak 0
- kAsseccingViaProperty 0
- kUsingRetainAutoreleaseHack 0
のように設定した場合。
[A]===> initialized [0xXXXXXXX]
[C] -> initialized [0xXXXXXXX]
[B] -> initialized [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> started [0xXXXXXXX]
[B] -> started [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[A]===> called [0xXXXXXXX]
[A]===> removed [0xXXXXXXX]
[B] -> destroyed [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[B] -> endded [0xXXXXXXX] with '(null)'
[C] -> ended [0xXXXXXXX]
[C] -> destroyed [0xXXXXXXX]
明らかにおかしい挙動になります。
まだ C からのデリゲート callFromClassC:
のスコープにいるのにも関わらず、dealloc
が呼び出されています。
SampleClassB
のインスタンスが破棄された後、callFromClassC:
のメンバである mMessage
にアクセスしているので、(null)
と表示されています。場合によっては EXC_BAD_ACCESS
の要因になります。
retain-autorelease ハック
という訳で unsafe_unretained 参照を利用すると、weak 参照とは異なった挙動になってしまいます。
これは MRR で assign を利用した場合でも起こりうる現象です。MRR ではこれに対して、
[[obj retain] autorelease]
retain と autorelease を併用することで、当該オブジェクトを autorelease プールに登録して、少なくともスコープ内はオブジェクトが破棄されないようにすることができました。
ご承知の通り、ARC では retain / autorelease メソッドの呼び出し自体が禁止されているので、同じハックは利用できません。
ただ、ローカルな変数に対しては、__autorelesing 修飾子を利用することによって autorelease プールを利用することを明示できます。
__autorelasing id temp = obj;
これでスコープ内では temp を利用すると、インスタンス obj に対して retain-autorelease で呼び出したのと同じような効果が得られます。
SBSampleDelegate.h において
- kUsingWeak 0
- kAsseccingViaProperty 0
- kUsingRetainAutoreleaseHack 1
のように設定した場合、SampleClassA において retain-autorelease ハックを利用します。
[A]===> initialized [0xXXXXXXX]
[C] -> initialized [0xXXXXXXX]
[B] -> initialized [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> started [0xXXXXXXX]
[B] -> started [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[A]===> called [0xXXXXXXX]
[A]===> removed [0xXXXXXXX]
[B] -> endded [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> ended [0xXXXXXXX]
[B] -> destroyed [0xXXXXXXX] with 'msg0'
[C] -> destroyed [0xXXXXXXX]
weak 参照と同様に C → B と作成され、逆に B → C と破棄されています。
ログでは同じように見えていますが、こちらの実装では、B は autorelease プールのタイミングで破棄されているので、内部的には異なる挙動になっています。ただ、不用意な破棄がなくなり、アクセスバイオレーションはなくなります。