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海外でエンジニアとして働いて、ここ十年ほど毎日続けている、ある一つのこと

2003 年よりニュージーランドでエンジニアとして働き始めました。二年ほどスイスに引っ越していましたが、昨年よりまたニュージーランドに戻ってきています。

かれこれ 13 年ほど日本国外でソフトウェアエンジニアとして働いてきたことになりますが、2006 年半ばから毎日ずっと続けていることが一つだけあります。

それは

  • 簡単な作業日誌をつける

ことです。

自身の英語力の弱さをカバーするため、当時のチームリードに日報メールを送り始めたのがきっかけです。その後、メールを送るのは止めましたが、手元に日報として残して置くのは習慣になりました。

日報という形で始めたので、当初は日の終わり頃に書き出していましたが、それよりもその日のやることをリストアップした方が自分に合っていることに気付いて、日の始まりに書き出すというスタイルに落ち着きました。

形式

テキストファイルで箇条書きが記述できれば、形式はなんでも良いのですが、最近は Markdown のようなフォーマットで記述しています。

自分用のメモなので、基本はごく簡単な箇条書きです。例えば、以下のように……

# 09.05.2016 (Mon)
X-App ver 5.2
  - TICKET-1234 implement GA for a feature A
X-App automation
  - TICKET-1235 search feature
  - TICKET-1236 sucess path
Generic
  - coding guidelines

日付を見出しにして、その日にやることを書き出します。

ざっくりとプロジェクト単位で分類して、関連する項目を箇条書きします。開発の仕事に関係しない項目は Generic というカテゴリに記述しています。多くのミーティングはここに分類。

割り当てられたチケットへの対応についてはチケット番号を記述。以前はチケット番号だけでしたが、これだと他人である未来の自分には分かってもらえない可能性が高いので、最近はチケット番号と共にその内容も簡潔に記述するようにしています。

この記事を書くにあたって、十年前のログも見てみましたが、始めたばかりの頃は、上司への報告メールの下書きにもなっていたので、もう少し丁寧に書いていたようです。

基本はこれだけなんですが、普通にメモとしても利用したりするので、コードスニペットが貼り付けてあったり、作業手順の備忘録やミーティングの議事録などを追記したりすることもままあります。

欠点、のようなもの

明らかな欠点は日報を書く時間が取られるということ。

ちょっと覚えていませんが、最初の頃は今よりも丁寧に記述していたので、15 分以上かかっていたかもしれません。

前述の通り、ごく短い箇条書きに落ち着き、今では 5 〜 10 分程度の作業になっています。また、すでに毎朝のルーチンとして、やるべきことのひとつになっているので、個人的には「時間が取られる」とはあまり感じていません。

ログ自体はただのテキストファイルなので、十年分でも高々 500KB を少し上回る程度。

とは言え、プレーンテキストとしてはそれなりのサイズなので、単一のファイルでは、エディタによってはやや重荷になる場合があります。

ファイルが破損した場合も怖いので、大体二、三年に一つのファイルという形にしています (ここ最近はたまたまそのぐらいのスパンで転職しているので、一社一ファイルという感じ)。

ちなみにログファイルは常時開いた状態にしています。メインのテキストエディタに切り替えれば、そのファイルをすぐに確認できるようになっています。

利点、と思われるところ

やっていることは結果的に GTD (Getting Things Done) に近くなるんでしょうか。

  • やることが明確になる
  • やったことを確認することによる、進捗の見える化

という利点があるような気がします。

これを続けていると、自身の開発速度、タスクの割り込み頻度などがある程度把握できるようになります。その結果、タスクに対して作業見込み時間の見積もり精度が向上します。

あるタスクについて、どのぐらい時間をかけたのかというのは、git や svn などのバージョン管理システムのログを見たり、チケットの更新時刻を確認したりすることでも、判断することができます。

しかしながら、実際にはそのタスクに対して割り込みがあったのかもしれないし、前準備が必要だったのかもしれません。その点、自分でログを残しておくと、そういう外的要因を確認できる割合が高まります。

で、本当のところ効果はあるのか

正直なところ、分かりません。そうしなかった時との比較ができないので。

一日二日では違いを感じることは難しいとは思いますが、十年以上続けてきて (こうしてネタにもできましたし) 私には合っているルーチンだと思っています。

ソフトウェア開発でスクラムなどを適用していると、毎日スタンドアップミーティングをやったりしますが、その前の事前準備として役に立ったりします。

私が始めた十年前当時は、まだアジャルな開発手法を取り入れていませんでしたが、最近では採用しているところも多くなっていると思います。そういう点では相性は良いと思います。

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スイス・チューリッヒに引っ越しました

知っている人もいると思いますが、およそ十年間暮らしたニュージーランドを離れ、今年 7 月よりスイス・チューリッヒにて生活を始めました。

[写真] リンデンホフの丘からチューリッヒ旧市街を眺める

カリフォルニア、いわゆるシリコンバレー、を拠点とするクラウド系サービスを提供している IT 企業のチューリッヒオフィスで、ソフトウェアエンジニアとして働いています。

「ニュージーランドからスイスに引っ越します」と言うと驚く人が多いんですが、場所はどちらかと言うと付随的なもので、やってみたいお仕事を選んだら、働く場所がたまたまスイスだったという感覚が近い感じがします。

もちろん、そこで生活していく以上、もっとも影響のある要素のひとつなので、考えられる可能性などを家族と相談した上で決めました。

[写真] チューリッヒ中央駅・車は当然ながら左ハンドル右側通行

スイスで働くためには就労ビザが必要なります。今回、ビザの申請から最終的な承認が下りるまでにおよそ三ヶ月かかりました。

ビザ申請は採用決定後に行われます。採用の決定を受けたものの、スイス行きが確定しない (それもいつ確定するか分からない) という宙ぶらりんな状態が続きました。

いつ確定するか分からないので、準備や告知をどのタイミングで始めるか決めかね、正直辛かったです。

ビザが下りて、スイス行きが確定してからは、前職にて退職願提出から始まり、引っ越しの手配、各所へのお知らせ、日頃よりお世話になっている友人などにご挨拶、ニュージーランドの持ち家に関しての諸手続き、……などなど、とにかくやることが盛り沢山。

娘や嫁さんの頑張りのお陰でどうにかこうにかスイス入りにこぎつけたという感じです。

[写真] チューリッヒ中央駅・博物館通り

参考になるか分かりませんが、スイス行きが確定するまでの流れを軽くまとめると……

2012.09 上旬
申し込み。 CV (職務経歴書) の送付
2012.10 中旬
スイスでの就労ビザ取得困難との判断で一度断られる
2012.12 中旬
先方より再連絡
2013.01 上旬
Skype で技術面接 (一次)
2013.01 中旬
Skype で技術面接 (二次)
2013.01 下旬
Skype で技術面接 (三次)
2013.01 下旬
人事の方と電話面接
2013.02 中旬
Skype にて面接。正式にオファーを受ける
2013.02 下旬
オファーにサイン
2013.03 上旬
就労ビザ申請手続き開始
2013.03 下旬
ビザに必要な書類の送付
2013.04 上旬
スイス連邦当局よりビザ承認
2013.04 下旬
申請者の就労ビザの最終承認
2013.05 下旬
申請者の家族のビザ最終承認
2013.07 中旬
スイス入り
2013.08 上旬
ネコ・家族のスイス入り

就職応募先がスイス、本社はカルフォルニアで、私自身はニュージーランド。面接は基本的に Skype を通して行いました。

2 月頃、こちらのネットワークの調子が非常に悪い時期があって、その時だけ電話での面接でしたが。

これまでにも何度か Skype を通して面接を行ったことはありますが、これほど立て続けに面接をしたのは初めての経験でした。

技術面接では Google ドキュメントのような共同編集できるオンラインツールを使って、コーディングの問題に回答したりもしました。

ビザ最終承認の後、スイス入りまで飛ばしていますが、前述のとおり、怒涛の勢いで色んな行事やら手続きが詰まっています。

[写真] チューリッヒ中央駅にて

スイスにはこの先、どのぐらい滞在することになるかは分かりませんが、とりあえずしばらくはこの新しい場所で生活していくことになります。

十年間暮らしたニュージーランドは、素晴らしい友人にも恵まれ、とても快適に過ごすことができました。お世話になった方々、ありがとうございました。スイスに移ってもよろしくお願いします。

[写真] チューリッヒ大聖堂

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転職しました

先日、私がニュージーランドに移住して初めて就職し、八年間勤めた会社 (ポータブルナビゲーションデバイス、いわゆる「カーナビ」のソフトウェア開発) を退職しました。

[写真]退職の際にもらったカード。皆からの寄せ書きです。

退職時のメールは以下の通り。

Dear All,

It's my last working day here at <company name>.
I would like to thank you all for your great support.

I have been working here over 8 years; it's long long and really exciting journey.
I will miss all such comfortable environment - great people, great products, and walking distance from home.

Please keep in touch.

I can be reached :

via email : <email address>
on LinkedIn : <LinkedIn url>
on Facebook : <Facebook url>
on Skype : <Skype account>
via mobile : <mobile phone number>

I wish you all the best for the future.

Best regards,
Takuya

およそ九年前にもニュージーランド移住にあたって、日本で五年間勤めた某大手電機メーカーを辞めました。その時と比べると私の中で感じる「重み」が違います。

九年前、日本で退職したときはニュージーランド移住がまず念頭にあり、ほぼ何もない状態からスタートする、いわば「リセット」的な意味合いが多分にありました。

不安も一杯でしたが、失うものもないという意識もあって「すっきり」「心機一転」という気持ちが強かったと思います。世間知らずであまり後先考えていなかったというのもあったと思います。

世間知らずなのは、今も大して変わっていない気もしますが。

八年前、ソフトウェアエンジニアとして就職。

シニアソフトウェアエンジニアとしてテクニカルリーダーなどを経験し、最終的にはソフトウェアチームリーダーとして、ソフトウェア開発ばかりでなくマネージメントも含め、たくさんの貴重な経験を積むことができました。

会社自体も、山あり谷あり。

飛ぶ鳥を落とす勢いの時……新社屋落成セレモニーに時の首相が訪問しました……もあれば、大規模なリストラが敢行されたこと……人数削減のため同ポジションの人の間で点数をつけて上位数名だけ残る……もありました。

そのような過程を経た八年間。

職場はとても快適で、上司・部下に限らず皆からの信頼も感じていて、自信もつきました。……正直なところ「去りがたい」「怖い」という気持ちも少なからずあります。

一方で、あまりにひとつの会社に依存しすぎるのもリスクとも思っていたのも確かです。

ポータブルナビゲーションデバイスのソフトウェア開発がどこまで「保つ」ものなのかという面の不安もあります。

八年間の経験を通して、技術面でもコミュニュケーション面でも英語圏で十分に通用するという自信はつきましたが、一社でのみの経験で、それが他所でも通用する保証はありません。

色んなオプションを検討した末、今回転職に踏み切りました。

不安がないと言えば嘘になりますが、全く異なる分野でのソフトウェア開発ということで新鮮な気分もあります。

自分のスキルを生かすという点ではこれまでと変わりありません。とりあえず、頑張ってみようと思います。

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ハーフマラソンに挑戦してみた

先日行われたオークランドマラソンにて、ハーフマラソン完走しました→結果は 1 時間 42 分

目標としていたタイムは 1 時間 45 分で、それを上回ることができました。初ハーフマラソンとしては上出来だと自画自賛。

  1. きっかけ
  2. 年始目標
  3. トレーニング
  4. オークランドマラソン

きっかけ

もともと身体が小さくて筋力がない方なのですが、それに加え 30 歳過ぎまで喫煙をしていたせいもあり、全体的な持久力の低下も少し心配していました。

それで、二年前の誕生日頃から、体力づくりというか体力維持を目的としてジョギングを始めました。

仕事が終わってから夕食の前に自宅の周辺 3km ほどのコースを走ります。

理想的には毎日走りたいところですが、仕事や天気の状況次第で週に二、三日ぐらい走れるという感じのペース。

とにかく続けることが目標という感じで始めたのですが、ある程度の強制力がないと続かないという嫁さんの進言で、ビーチシリーズという地元のローカルレースにも参加しはじめました。

ビーチシリーズは 11 月から翌年 3 月にかけて毎週火曜日、地元のビーチで行われるローカルレースです。ランの他にもスイムやパドルボードなどの種目があります。

ビーチシリーズのランは 5km。文字通り浜辺を走ります。潮の満ち引きの加減でコースの状態や長さが安定していないのが難点ですが、レースという形式で走るのが刺激になります。

参加し始めた当初は 5km で 25 分程度だったのですが、段々と慣れてきたせいか、昨年度は 21 分程度まで縮めることができました。

年始目標

とりあえず 5km 程度ならばそこそこ走れる、という自信がついてきたので、もう少し長い距離に挑戦してみようと思いたったのが、今年の始め。

長距離ランの代表格はなんと言っても「マラソン」になると思いますが、いきなりマラソンはキツいかもと思い、「今年中にハーフマラソンを完走する」という目標を立てました。

最初は地元で行われる North Shore Marathon に参加しようかなと思っていたのですが、たまたま会社の同僚に話したところ、「おぉ、そいつはグッドアイデアだ。俺も参加しよう」ということになりました。

折角なら一番大きな大会にしようということでオークランドマラソンに参加することに……。

オークランドマラソンの方が開催時期が二ヶ月遅く、その分、準備期間を取れるという要因もありました。

もちろん完走が目標で、できれば二時間を切るタイムで完走したいというのが、とりあえず参加を決めた当初の目標。

トレーニング

会社の同僚も巻き込んで、いよいよ後に引けなくなりました。

五月頃から普段 (3km) よりも長めの距離を走れるように意識し始めます。

ざっくりトレーニングの方法を調べてみましたが、単純に長い距離走ればよいというものではないみたいで、短距離ダッシュなども取り入れる必要がある感じです。

そこで実際、短距離ダッシュもやってみたのですが、そうするといかにも「練習」っぽくなってしまい、長続きしそうにありません。

あくまでも長く続けることが第一なので、トレーニング方法を参考にしつつ、自分なりに以下のように決めました。

平日
短い距離 (3km) を早めのペース (1km 4 分 30 秒を切るペース)。
休日
長い距離 (10km 以上) をゆっくりペース。余裕があれば、さらに中距離 (5km 〜 8km) を別の日に走る。

平日は 30 分未満、休日は 1 時間以上走るという感じです。

これまで 10km を超える長距離は走ったことがありませんでしたが、ここ二年間走っていたおかげで 1km 5 分ペースであれば、結構走れる感触。

ただ、実際走ってみると……

  • 最初の 4km が少しキツい。おそらくウォームアップ不足。
  • 10km 過ぎたあたりから膝に負担を感じるようになる。
  • 15km 過ぎたあたりから股関節に負担を感じるようになる。

心肺よりもむしろ関節への負担が想像以上にありました。スクワットやストレッチなどを都度きちんとやるようにして、膝や股関節への負担に備えます。

ストレッチなどは走る前にはもちろんですが、家でぼーっとしているときやプリンを作っている合間などスキマ時間も利用します……といえ、無理にしているわけではなく、気づいたら都度ストレッチなどをするという感じ。とにかく練習っぽくせずに「日常の延長」でできれば、という感覚で。

同僚に誘われて、dailymile というオンラインサービスにも登録してみました。走った記録は手元にも残していましたが、dailymile ではペース計算や週毎・月毎の集計などを自動でやってくれますし、 facebook との連携もあったりして、便利なツールです。

オークランドマラソン

九月・十月のトレーニングの内容から、1km 5 分のペースを基本にして、21km x 5 分 = 105 分 = 1 時間 45 分を最終的な目標タイムにします。

オークランドマラソンは交通機関への影響を配慮してか、早朝にスタートするのが特徴です。

[写真]スタート周辺の様子

日が上がる前からスタート地点である「デボンポート」に集合します。早朝なので、公共の交通機関はなくて、臨時フェリーと臨時バスが出ます。

最寄りのバス停まで 4km 弱もの距離があるのがちょっとやっかいでしたけど、結果的にはちょうどよいウォーミングアップになりました。

[写真]日の出をスタート地点から望む

フルマラソンとハーフマラソンは同じ地点からスタートします。フルマラソンが先にスタートして、その後ハーフがスタート。フルマラソンのスタート後、ハーフのスタートを待っている間に日の出を迎えました。

[写真]スタートゲート

スタートゲート。「Elite」のカンバンが見えるでしょうか。速い人はゲート前に並んで遅い人はゲートから離れた位置でスタートします。人が並び始める前にちょっと様子見。

[写真]ノースコートにて

スタート地点からおよそ 10km あたりで嫁さんと娘が応援してくれました。自作の横断幕を持つ娘と走り過ぎる私 (後ろ姿)。まだこの頃は余裕が……。

[写真]ハーバーブリッジを登る

スタート地点からおよそ 15km あたり、オークランドマラソンの (フルマラソンなら前半の) クライマックスとも言える「ハーバーブリッジ」に差し掛かります。

ここは上り始め。ここからおよそ 1km 弱ほどそこそこキツい上り坂……。

[写真]頂上 (?) が見えてくる

はためくニュージーランドの国旗。ちょっと旗の真下がブリッジの頂上にあたります。

[写真]ハーバーブリッジからシティを望む

ハーバーブリッジは通常、車でしか通行できず、また基本的に停まることができません。車から降りて渡る機会などそうそうないので、ハーバーブリッジを渡っているときには写真は撮ってやろうと思ってました。

ハーバーブリッジでの写真は走りながら撮っています。幸い十分明るかったので、思ったよりブレもなく撮れました。

[写真]ゴール地点

続々とゴール。ゴール地点には給水だけでなく、バナナの配布もしてました。風船をつけた人はペースメーカー。

[写真]ラストスパート

私もなんとかゴール。

オークランドマラソンはフルマラソン前半部分 (つまり、ハーフマラソン全コース) のコースの起伏が激しいのが特徴で、ハーバーブリッジがそのクライマックスになるんですが、それが終わった後がキツかったです。起伏での消耗が起伏が終わった途端にどっと来る感じ。

ハーフを無事に完走し、次はフル?とも聞かれたんですが、フルマラソンを走るにはもう少しトレーニングが必要かも。

ちなみにその日の午後は爆睡。どうにか次の日、会社には出勤することができましたが……。

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十歳になった娘へ

十歳の誕生日、おめでとう!

先日、あなたは十歳の誕生日(たんじょうび)(むか)えました。

十歳。

あなたの眼には世界はどのように映っているでしょうか。

私が十歳、つまり小学四年生だった(ころ)、とても(なか)の良い友だちがいて、毎日のように一緒(いっしょ)にマンガを描いていました。

右のカービィの亜種(あしゅ)みたいなキャラクターは、その頃描いていたマンガのメインキャラクターの一人。フェルトで作ったものですが、今でも手元にあるのがびっくり。

マンガもそうだけど、自分でストーリーを考えるのが好きだったので、星新一のショートショートなんかを真似(まね)た短編小説 (ショートストーリー) みたいなものを書いたりもしていました。

マンガも小説もあまりに(つたな)く、とても見せられるようなものではなかったけれど、漠然(ばくぜん)と「漫画家(まんがか)」か「小説家(しょうせつか)」になりたいと思っていました。

その夢がガラリと変わったのは、誕生日に買ってもらった任天堂(にんてんどう)のファミリーコンピュータ、いわゆる「ファミコン」のせい。

ファミコンを始めとするビデオゲームには、それこそ朝から(ばん)までずっとゲームをしていたと言っても言い()ぎでないくらい、のめり()みました。

最近はほとんどプレイすることもなくなってしまったけれど、ニュージーランドに来る直前(ちょくぜん)あたりまで、ビデオゲームばかりやっていたぐらいです。ウソだと思うならあなたのお母さんに聞いてごらんなさい。

ゲームを上手(じょうず)にプレイできれば(うれ)しいけれど、残念(ざんねん)ながら「ゲームをうまくプレイする」才能にはあまり(めぐ)まれませんでした。その分、ゲームを創造(そうぞう)する方に興味(きょうみ)が向いてました。……「ゲームデザイナー」になりたいと思うようになります。

それが実現(じつげん)するかはどうかはともかく、私が十歳に(えが)いていた「漫画家」「小説家」「ゲームデザイナー」という夢は、私に大きく影響(えいきょう)しました。その頃に描いた夢が(ちが)ったものであれば、私は確実(かくじつ)に違った人生を歩んでいたであろうと思います。

私が十歳の頃、「ニュージーランド」という十歳の頃には知りもしなかった場所で生活しているとは夢にも思いませんでした。

夢に思っていること・夢にも思わなかったこと、これからあなたの将来(しょうらい)に起こるであろうことは(だれ)にも分かりませんが、あなたの目の前には果てしない可能性が広がっていることだけは確かです。

あなたの人生が素晴(すば)らしいものであると胸をはって言えるよう、私も (そして、あなたのお母さんも) 精一杯(せいいっぱい)のサポートをしていこうと思っています。

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ルンバがうちにやってきた

新製品が先日発表されたばかり Roomba (ルンバ) ですが、うちに現行モデル (530) がやってきました。

[写真]Roomba 530 パッケージ

購入したのは、530 というスタンダードモデル。ベースに自動的に戻る機能があります。

[写真]Roomba 530 開封の儀

パッケージには

  • Roomba 本体
  • 替えフィルタ
  • ベースステーション
  • AC アダプタ
  • バーチャルウォール
  • ブラシクリーニング用ツール (赤いやつ)
  • 取扱い説明書

が同梱されていました。日本で売っているモデルとは同梱品の内容などが異なる感じです。

[写真]Roomba 530 内容物

AC アダプタは Roomba 本体に繋いで充電することもできますが、通常はベースステーションに繋いでおき、ベースステーションから充電するという形になります。

早速利用してみましたが、評判通りすこぶる便利。

猫が家族の一員になってから、フロアが埃っぽくなりがちでしたが、隅々まで (ソファーの下も入り込んで) 綺麗にしてくれます。

障害物にぶつかった際、赤外線センサーで周囲の状況を確認しながら、回転して次のルートを決定する様子。デジタルカメラで撮影すると、赤外線センサーが某モビルスーツのモノアイのごとく光る様子が確認できます。動画では音をなくしてしまいましたが、それなりに大きな音がします。

うちはほぼ全面的にフローリング (板の間) で、マットなども敷いていません。埃っぽいとザラザラした感触がありますが、Roomba が掃除した後だと、そうしたザラザラ感が明らかになくなります。人がざっと掃除機をかけるよりはるかに丁寧に掃除してくれる印象です。

Roomba を導入した人のレポートを見ると「Roomba のおかげで床にモノを置かないようになる」と記述が見受けられましたが、うちでも同様に Roomba 導入以降、心なしかうちの中がすっきりしたような気がします。

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ラグビーワールドカップ 2011 日本 vs フランス

いよいよラグビーワールドカップ 2011 が始まりました。ちょっとしたお祭り雰囲気になっています。

昨年の 6 月にラグビー日本代表とニュージーランド・ノースハーバー州代表の対抗試合を観戦しましたが、今回本命 (?) の日本代表対フランス代表を観戦してきました。

[写真1]ノースハーバースタジアム・試合前

会場は日本代表とノースハーバー州代表の試合と同じノースハーバースタジアム。前回は正面に見えるグランドスタンドで観戦しましたが、今回は反対側のオープンスタンドより観戦。屋根がない席のため、天気が心配でしたが、ご覧のとおり、快晴でした。

[写真2]日本代表、試合前アップ

試合前の練習風景。中央に見えるスーツ姿の男性は、おそらく日本コーチで元オールブラックスのジョン・カーワンだと思うのですが……。

[写真3]試合直前

試合直前。両チームが円陣を組んでいます。日本は赤いユニフォームで、フランスは白いユニフォーム。日本のユニフォームは昨年見たときから少し変わっています。

[写真4]ラックからボールを出す日本

前半は (フランス) 25 - 11 (日本) で折り返します。前半だけ見ると、やはりフランスは世界ランク 4 位だけあって力の差がある印象で後半このままずるずると離されるのかと思ったりもしたんですが……。

[写真5]アレジ選手のコンバージョン

後半、二度に渡るピンチをどうにか凌ぐと日本の猛攻が始まります。アレジ選手大活躍!!日本の全得点は彼によるもので、マン・オブ・ザ・マッチにも選出されたのも納得の活躍でした。

[写真6]4 点差!

あと 4 点、1 トライで逆転というところまで追い詰めます。フランスも焦ったのかハンドリングミスを連発したり、完全に流れが日本という感じに……。

残念ながら、その後地力を差が出て最終的には 47 - 21 という差になってしまいましたが、内容的にはとても良い感じで、ワールドカップの雰囲気を味わうこともできたし、私的にはかなり楽しめました。よかったよかった。

日本代表には是非とも結果を残してもらいたいです。

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プリンでマネジメントを思考する

ここ半年近くになるでしょうか、ほぼ毎週「プリン」を作っています。

カラメルソースを作る

下準備にカラメルが必要です。クックパッドの「カラメルソース」より。

このレシピの分量だとプリン 3 回分になります。つまり、カラメルソースは三週に一度のペースで作ることになります。

  • 水 : 100 ml
  • グラニュー糖 : 200 g
  • 熱湯 : 100 ml

グラニュー糖は「Caster Suger」というややきめの細かいものを使っています。日本だと何と呼ばれるんでしょうか。

最後に熱湯をかけるのですが、その時、派手な音と共に蒸気があがります。そこそこの温度なので、蒸気で火傷しないように注意。最初の頃、二度ほど火傷してしまいました。

プリンを作る

クックパッドの「あっというまにプリン(圧力鍋使用)」を参考にして作っています。

  • 牛乳 : 500 〜 550 ml
  • ブラウンシュガー : 40 g
  • 卵 : 3 個
  • バニラエッセンス : 数滴

[写真]ホームメイド・プリン 材料

元のレシピでは、小さめなコップのようなガラス容器を使っていますが、うちでは分量がまるまる入る程度のガラスの耐熱容器ででっかく作ってしまいます。

[写真]プリン作り STEP 1 ガラスの容器にカラメルソースを注いでおきます。圧力鍋に 200cc 程度の水をいれ、付属のスノコを置き、ガラス容器をその上に置きます。
[写真]プリン作り STEP 2 牛乳に砂糖を加えて軽くかき回しながら温めます。
[写真]プリン作り STEP 3 卵をボールでとき、温めた牛乳を加えて、泡立て器で手早く混ぜます。
[写真]プリン作り STEP 4 バニラエッセンスを加え、カラメルソースの上からゆっくりとザルでこしながら注ぎます。
[写真]プリン作り STEP 5 加圧を開始します。加圧の弱いほうで、リングが上がって 2 分。
[写真]プリン作り STEP 6 火を止めて、蓋をしたまま放置。1 時間から 2 時間程度経ったら、取り出して冷蔵庫へ。

「リングが上がって 2 分」とあるのですが、実のところ、うちではあまり安定した出来になってくれません。

うちではフィスラー (Fissler) 圧力鍋 ロイヤル 6L という圧力鍋を利用しています。

季節や室温にもよるんでしょうか。圧がかかり始めるのが 7 分弱で、そこからリングが上がるのが 1 分 20 秒程度。そこから計時して 2 分になるようにするのがいいみたいです。

場合によって、7 分よりも前に圧がかかり始めてしまう時もあって、その時はゆるゆるのプリンになってしまいます。早めに圧がかかってしまった場合には、リングが上がって 2 分ではなく、もう少し時間を調整する必要があります。

毎週作る

最初のうちは「気が向いたら」程度の頻度だったはずなんですが、気がつくと、いつの間にか習慣となっていました。

プリンを作るのは案外楽しいです。

でも、どうして「楽しい」と思うのだろう、どうして毎週作っていて飽きないんだろうと考えてみると、二つの大きなポイントがあるような気がします。

出来が安定しない

分量はほぼ毎回一緒なので、味自体はそれほど大きくは変わりません。

ただ、プリンの「おいしさ」を決定づける重要な要素に「硬さ」があります。

先にも述べたとおり、これが結構ばらつくので、なかなか試しがいがあります。何度か「ゆるゆるプリン」になってしまい、それ以後、室温・圧がかかり始めた時間などを記録するようになりました。

適度な硬さで、「す」が入らない状態が理想なのですが、なかなか難しいです。

家族の反応

嫁さんも娘も毎回毎回「おいしい」とすごく喜んで食べてくれるのですが、その喜び方が半端なく上手なんです。

毎回幸せを撒き散らすかのごとく、満面の笑みを浮かべながら味わってくれます。

こうなると、その喜んだ姿が嬉しくて、プリンを作る気力が自然と湧いてきます。

「プリン」作りというのは、私にとって

  • (出来が安定しないことから) 改善の余地があり「試しがいがある」と感じる
  • 十分なフィードバックを得ることができる

タスクであるわけです。

フィードバックを与えてくれる嫁さんと娘は、顧客でもありますが、プレイヤー (私) を評価するマネージャーとも言えます。

身近なところでマネジメントのヒントを与えてくれた「プリン作り』は、私の大きな財産になっているような気がします。

[写真]ホームメイド・プリン

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我ながら頑張った

KLab×はてな エンジニア応援ブログコンテストという企画があったので、ちょっと便乗して自分語り。

武勇伝というと大げさですが、私にとってチャレンジだったことをいくつか。

  • 海外で働きはじめた
  • 「死んだ」プロジェクトを復活させた

これまでに記載した内容と重複する部分もあります。ご了承ください。

日本を出るという選択

おそらく私にとって今のところ最も大きな転機は、やはり「日本を出て海外で働きはじめた」ことでしょう。

最近「パナソニック採用の8割外国人」や「楽天・英語が出来ない役員は…… (三木谷社長インタビュー)」でニュースになったり、「死ぬほど英語を勉強してきたからわかる、英語学習の限界」という記事を読んだりしたので、それと若干絡めて。

実のところ、これまでにも散々言ってきたように、英語が大の苦手で「海外で暮らす」ことが自分にとって選択肢になり得るとは、その当時思っていませんでした。

楽観主義であまりに計画性のない私をしっかりと支えてくれたのは嫁さん。移住に関しては、案外あっさりと決断してしまったような気がするのですが、綿密な情報収集と現状分析に関しては嫁さん抜きでは無理でした。

ニュージーランドの永住権を取得するためには IELTS という英語のテストで、ある基準をクリアする必要がありましたが、嫁さんの用意周到な準備のおかげで、私は IELTS の勉強だけに集中していたとも言えます。

「日本を出て海外で働く」というと人によってはものすごい前向きな挑戦のように感じる人もいるかもしれません。

私の場合、その当時住んでいた場所から「物理的に距離のある場所」で暮らさないと精神的にきついと思った……簡単に言えば、「逃げ出したかった」という面があったことだけは書いておかないといけないと思います。

ある意味切羽詰っていたので、思い切った行動を取ることができたのかもしれません。

就職するまで

ニュージーランドの永住権を無事取得し、実際に移住する前に一週間ほど下見旅行に行きました。

下見旅行では、就職活動の事始めとして幾つかのエージェントにコンタクトしてみましたが、私のつたない英語では、会ってもくれません。数名のエージェントと電話越しに話しましたが、相手が何を言っているのかよく分からない。

一人からは呆れたように「あなたの英語ではニュージーランドで働くのは無理」とはっきり言われたのだけは覚えてます。

結局就職活動以前の問題で、当面は英語を鍛えるのを第一に考えることにしました。移住してしばらくは語学学校に通ったり、地元のコミュニティスクールに通ったり……。

最初の三ヶ月は本格的に就職活動はしていませんでしたが、たまたま通学していた英会話学校では、移民向けの就職活動に力を入れていて、そこで知った移民向け就職セミナーなどは参加していました。

就職活動に本腰を入れるようになってからは

  • 新聞などの求人広告に目を通す
  • ウェブ上の求人サイトに登録する
  • 就職斡旋エージェントに会う・電話する
  • 会社に押しかけ、履歴書を置いてくる

などなど。

ニュージーランドには基本的にコネが全くない状態でした。とりあえず、上がってくる求人を嫁さんがざっくりリストアップして、その中から私が自分のスキルに関連した内容に絞り込んで応募するような作業を日々繰り返しました。

当時応募した会社は延べ数で 150 社以上になります。当時の風向きもあり、書類選考で落とされてしまって、まず土俵にも上がれないような感じでした。

面接のチャンスは突然やってきました。面接をしたい旨の電話がかかってきて、あれよと思う間もなく、決まってしまったような……。

最初の面接は、人事マネージャと開発マネージャとの面談。

技術的なバックグラウンドの確認はもちろんですが、どうしてニュージーランドに移住したのかなど、一般的な質問も……。どのぐらい話したのかほとんど覚えていませんが、一時間は話していなかったような気がします。ここで感触が良かったようで、確か次の面接の約束もしたような気がします。

二回目の面接は、技術面接。複数のシニアエンジニアを前に、プログラミングに関する技術問題を解きます。

基本的なアルゴリズムとそれに関するメモリ効率・計算量オーダーの理解など。C 言語のプログラマの募集だったので、C 言語に関する質問もありました。ホワイトボード・紙を使って説明します。

基本的な面接の流れは、今でもそれほど大きくは変わっていないようです (とりあえず、現在働いている会社では。他所の会社はよく分かりません)。

死ぬほど英語を勉強してきた方と違って、私は英語に関して半ば放棄していました。その分、技術的な方面に注力してきました。注力というか、ぶっちゃけて言うと、嫌いな英語を避けて好きなことをやってきたという感じ。

基本的に「モノ作り」が好きで、プログラミングはソフトウェアという「モノ」を作るために必要なツールの一つでした。幸運なことに世界で主流になってるほとんどのプログラミング言語は世界で共通です。

なでしこMind など現在現役で利用されている日本語で記述可能なプログラミング言語も存在します。日本語で記述可能なプログラミング言語というと、どうしても「ぴゅう太」を思い出してしまう、そんなベーマガ読者だった私、というのは余談です。

「プログラミング言語」は、ある種の強力な世界共通の言語です。英語を話せる人は世界にごまんといますが、プログラミング言語を理解し、記述する能力のある人は、まだまだ少ないと言えるでしょう。

幸い日本はプログラミング言語を学ぶ環境が充実していると思います。英語以外の言語で日本語ほど技術文書が手に入りやすい言語はあまりないような気がします。

もっともそれ故に英語の技術文書を読んだ時にすっと頭に入ってこなかったりするんですが……。

エンジニアとして

ソフトウェアエンジニアとして海外の現地会社に就職することができました。

英語の能力はもちろん必要で、それを向上することもきっちり求められましたが、それ以上に技術的なスキルが重要であるというのがはっきりしています。

携わったのはコンシューマ向け製品開発で、よりユーザーに近い部分を担当したことは、私にとって新鮮で刺激的でした。

思いついたアイデアはつたない英語で伝えきらないので、開発中のソフトウェアに組み込んで、プロジェクトマネージャやシステムエンジニアに直接売り込み。……「こんなのどう?」

あるプロジェクトでは、新しいユーザーインタフェースを作りこみました。

新しいインタフェースは、斬新でしたが、どうやって使うのか初見では分かりづらい。……そもそも説明が必要なインタフェースは、あまり出来が良いとは言えないのですが、スケジュール的に押しています。

ミーティング後、大体一時間ぐらいでしょうか、ちょっとしたヘルプをアニメーションで表示する機能を簡易実装して、システムエンジニアにデモンストレーション。その時のマネージャやエンジニアの笑顔は今でも覚えてます。

世界的なリセッションの影響は、辺境の地ニュージーランドにも襲いかかります。私の会社も影響を受けて、大規模なリストラがありました。

それまでにも何度かリストラはありましたが、その時は主要なメンバーもごっそりいなくなってしまうような大きなもの。社員は半数近くになってしまったでしょうか。今にして思うと精神的にきつかったみたいで、身体にもその影響がはっきり出たりしました。

リストラのあおりを受けて、進行中のプロジェクトも軒並み中止に。私がテクニカルリーダーとして進んでいたプロジェクトもキャンセルされました。

代わりにそれまで開発していたソフトウェアからフレームワークとなるライブラリ群を抽出して開発することになりました。

キャンセルされたプロジェクトは、個人でテクニカルリーダーを担当した初めてのプロジェクトなので、思い入れがありました。マネージャからは「your child」と言われたり……。

新しく担当したライブラリ群にはテスト用アプリケーションが必要で、キャンセルされたプロジェクトで使われた部分もそのテストアプリケーションの一部に組み込みで動作していました。一時、その部分は要らないから削除しようという話もありましたが、無理して削除することもないかとそのままに。

しばらくそのライブラリ群を担当していましたが、皮となるアプリケーションの仕様がうまくまとまらず、結局プロジェクト自体を見直す羽目に。そこで白羽の矢が立ったのが、キャンセルされた私のプロジェクトでした。

  • すでにアルファ版として、ベース部分は動作している
  • 主要部分をコーディングした私がいる
  • プロジェクトスケージュールがタイト

という理由だったようです。

自分で公開しないと決めたのならともかく、自分の作ったソフトウェアが日の目を見ないことほど悲しいことはありません。やはりとても嬉しかったです。実際、嫁さんもこの時は声が弾んでいたと言っていました。

「復活」が決まってからは、仕様策定に参加したり、コーディングはもちろん、全体の進捗管理、リソース管理も必要です。リソース不足でアイコンなども私が作ったり……(これまでも小さな UI パーツは作ったりしていましたが、 私がデザインしたアイコンなどが半ば公式的に採用されてしまったのは初めて)。

プロジェクト終わりかけで決まって出てくるやっかいなクラッシュバグなどもありましたが、どうにか予定通りにリリースできました。

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おうちにネコがやってきた

[写真]我が家にやってきたネコ。左からTimmyとTummy。

会社の同僚から子猫を譲り受けました。

やってきてまだ幾日も経ちませんが、どうにか徐々に我が家に慣れてきた模様。兄弟でのびのびと遊ぶ機会が段々と増えてきました。

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